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高松地方裁判所 昭和43年(む)315号 決定 1968年11月20日

被疑者 佐伯善明

決  定 <被疑者氏名略>

右の者に対する収賄被疑事件につき、昭和四三年一一月一八日高松簡易裁判所裁判官がした勾留請求却下の裁判に対し、高松地方検察庁検察官から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

一  本件準抗告の申立の趣旨および理由

別紙第一および第二各記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  検察官提出の資料によれば、高松地方検察庁検察官が昭和四三年一一月一八日被疑者に対する収賄被疑事件につき高松簡易裁判所裁判官に対し勾留請求をしたところ、同日同裁判所裁判官水口脩は、被疑者は昭和四三年一一月一五日午前七時五〇分ごろには逮捕の状態にあつたものと認められるから、刑事訴訟法二〇五条に違反するとの理由で、右勾留請求却下の裁判をしたことが明らかである。

2  そこで、本件勾留請求が適法であつたかどうかについて検討する。

前記資料および当審における事実の取調の結果によれば、次のとおりの事実が認められる。

(一)  昭和四三年一一月一四日、高松北警察署司法警察員岡義武は、被疑者に対する収賄被疑事件につき、高松地方裁判所裁判官に対し、罪証湮滅のおそれがあるとして、有効期間七日間の逮捕状の発付を請求し、同日、同裁判所裁判官政清光博より、被疑者に対する逮捕状が発付された。なお、同日、右被疑事件につき、被疑者宅および被疑者の勤務する愛媛県周桑郡丹原町役場の各捜索・差押許可状の発付の請求も同裁判所裁判官に対してなされ、同日同裁判所裁判官により、右各捜索・差押許可状の発付もなされた。

(二)  翌一五日早朝、高松北警察署派遣香川県警察本部刑事部捜査第二課司法警察員警部須崎孝外一〇名の警察官が自動車三台に分乗して高松を出発し、同日午前七時三〇分ごろ愛媛県壬生川警察署に到着したが、その直後、須崎警部の指揮命令により、香川県警察本部刑事部捜査第二課司法警察員警部補高橋邦夫は、被疑者に対する前記逮捕状を携行し、外二名の警察官とともに一台の自動車で愛媛県周桑郡丹原町大字石経八七二番地の一の被疑者宅に赴き、同日午前七時五〇分ごろ被疑者宅に着くと、被疑者に対し、高橋警部補が警察手帳を示してその身分を明らかにしたうえ、「丹原町の農業構造改善事業の件で、壬生川警察署まで出頭して貰いたい」旨申し入れた。

(三)  被疑者は、その時、丁度起床して洗顔中であつたが、五分ないし一〇分のうちに着替えをし、高橋警部補らに寄りそわれた形で同警部補らの乗用車で同日午前八時一五分ごろ壬生川警察署に出頭し、同警部補外一名にその前後を付きそわれて直ちに同警察署二階一号の取調室に入り同警部補の取調を受けた。

(四)  一方、前記須崎警部指揮下の警察官六名は、被疑者宅および丹原町役場の前記各捜索・差押許可状の執行にあたり、被疑者宅に赴いた警察官は、同日午前八時五〇分ごろには被疑者宅に到着したが、被疑者の妻が留守であつたため、執行が遅れ、同日午前一〇時五分から、また丹原町役場に赴いた警察官は、同日午前九時一〇分から、それぞれ捜索差押許可状の執行に着手した。

(五)  被疑者は、壬生川警察署の前記取調室において、同日午前九時ごろ朝食を、同日午後零時三〇分ごろ昼食を高橋警部補とともにとつたほかは引き続き同警部補の取調を受けたが、同日午後二時三〇分に至つてはじめて逮捕状の執行を受けた。

(六)  その後、間もなく、被疑者は、壬生川警察署から自動車に乗せられ、高橋警部補外三名に付きそわれて、同日午後六時一分高松北警察署に引致された。そして、同年同月一七日午後一時四〇分、被疑者は、高松地方検察庁検察官に送致する手続をとられ、翌一八日午前九時五〇分、本件勾留請求の手続がとられた。

以上のとおり認められる。

ところで、右認定事実によれば、担当捜査官は、被疑者を壬生川警察署に連行する際、手錠その他の有形力を行使する方法により被疑者の身体の自由を拘束してはいないが、被疑者に対し、壬生川警察署まで出頭を促しこれに素直に応じた被疑者の周囲に警察官三名が寄りそつて看視し、いつでも携行の逮捕状により逮捕できる態勢をとりながら、被疑者を壬生川警察署まで連行し、直ちに、同警察署二階の取調室において、逮捕状を執行した当日午後二時三〇分まで、朝食および昼食をとらせたほかは、終始被疑者の取調にあたつたものであり、表面上は、任意同行の形式がとられているけれども、右連行の態様およびその後の取調の状況に照らすと、被疑者は、身体の拘束に対する拒否の自由を失つていたものと認めるのが相当であり、実質的にみて、捜査官による壬生川警察署への被疑者の連行は、任意同行ではなく、いわば有形力の行使と同視すべき無形的方法による身体拘束の状態により被疑者を連行したものというべきである。検察官は、被疑者の身分地位を考えて、その名誉保護のため、まず任意捜査をすることにしていたものであつて、高橋警部補らが被疑者宅に赴いたのも、ただ任意の出頭を促すためだけであり、高橋警部補らが乗つて行つた自動車で同行することまでは考えていなかつたし、また逮捕状の執行着手の当日午後二時三〇分まで被疑者は終始出頭を拒絶し退去する自由を有していたものである旨主張し、検察官提出の資料中の司法警察員高橋邦夫作成および同須崎孝作成の各捜査状況報告書中には、右主張にそう記載部分があり、当審における事実の取調における証人高橋邦夫も、右主張にそう供述をするけれども、これらの記載や供述は前記被疑者の連行の態様、その後の取調の状況および前認定のとおり被疑者の壬生川警察署出頭後時を移さず被疑者宅および丹原町役場に対する各捜索・差押許可状の執行がなされている等一連の客観的事情に照らすと、にわかに採用することができず、かえつて、前記のとおり被疑者の取調をする一方捜索・差押許可状の執行が時を移さずなされ強制捜査に出ていることは、被疑者の連行が逮捕と同一視すべきものであつたことを窺わせるに足りるものというべきである。したがつて、名は任意同行とはいえ、実質的、客観的には、右連行の際に被疑者に対する逮捕がなされたものと認めざるを得ないのである。

そうだとすれば、被疑者は、昭和四三年一一月一五日午前七時五〇分ごろにすでに逮捕された状態にあつたものというべく、したがつて、同年同月一八日午前九時五〇分高松簡易裁判所裁判官に対し勾留請求がなされたときは、既に刑事訴訟法二〇五条二項に定める被疑者の身体の拘束時間を超えていたことが明らかである。

なお、本件記録を検討しても、検察官または司法警察員が刑事訴訟法二〇五条に定める時間の制限に従わなかつたことにつき、同法二〇六条所定のやむを得ない事由が存在したことにつき、これを認めるに足る疎明はない。

三  むすび

以上のとおり、被疑者に対する本件勾留請求は不適法であるから、勾留の理由、必要性を判断するまでもなく、右勾留請求は、これを却下すべきものであり、したがつて、右請求を却下した原裁判は適法かつ相当であるから、本件準抗告の申立は、これを棄却することとし、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 村上明雄 渡辺貢 政清光博)

別紙第一、第二<省略>

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